HISTORY/asimomy独立奮闘記
大学を卒業してから8年間。メーカーにて経理・購買業務を担当。
保険業界とは全く関係ない製造業出身、しかも営業未経験だった私ですが、保険代理店を開業してから早5年が経過しました。 前年比二桁増など、お陰様で多くのお客様から支持を頂戴し、順調に推移しております。
2006年10月。
当サイトのリニューアルを機に、これまでの汗と涙の道のりを振り返ってみます。 全て実話ですが、いかんせん長文ですので、(疲れますから)軽い気持ちで読んで下さい。
こんな道のりがあって、今の我々があります。
第一章 道は自分で拓く・・・未知なるフィールドへの挑戦
1.保険業界との出会い 某メーカーの会社員時代、97年のある日 保険業界と最初の出会いがあった。 先輩からの紹介で、ソニー生命のライフプランナーと出会う。 保険セールスのイメージが、それまでと180度変わった。 数年後、その自分が保険業界に飛び込むなんて、当時は想像もしなかったけれど、そのアドバイス法・考え方・商品等に衝撃と感銘を受けた。
保険はもちろん、お金の使い方は勉強しないと損をすると、はっきりわかった瞬間。
2.不完全燃焼の毎日
入社7年目(99年)ころから、夕方の5時半までやることを探す毎日。完全に不完全燃焼。
異動等は聞き入れてもらえる余地は無い。
仕事を通じての、人間としての成長は無い? 時間つぶしに取引先訪問や工場視察(海外含む)をすれば、接待を受け、各地の美味しい物をご馳走になる。
部署柄、とても美味しい思いができる会社員生活ではあった。
不思議と数字は付いてくるもので、社長賞・本部長賞を連続受賞したりと高評価をもらう。
暇を持て余して高評価を得る、不完全燃焼な日々。
しかも休暇が取りやすく、夫婦でシーズンオフの海外旅行を楽しめるなど、それなりに優雅な会社員生活。
楽だけど、楽しくない。
3.人間がダメになる 全力投球をしなくても高評価を得られる毎日に、疑問を感じる。 このまま進むと、薄っぺらい人生で終わる。60歳の定年を迎えるころには・・・。
00年、世はITバブル。
ベンチャー企業の株式公開の記事が、毎日のように新聞で踊っていた。
転職も検討し、株式公開を目指すベンチャー企業を数社訪問。 社長も従業員も、会社も含めてみんな若い。私と同世代、もっと若い場合もある。 話を聞けば、給与水準は決して高くない(むしろ低い)が、土日・盆に正月もなく仕事に打ち込んでいるとのこと。それでもみんな目が輝いている。各人、きちんとした夢があるようだ。 「一緒にやらないか?」と声を掛けて頂いたけど、行かなかった。 というより、自分自身が恥ずかしくなって、行けなかった。 結婚をし数年経過、30歳になった時考えた。
これまでの人生で、どんな足跡を残しただろうか。
楽なだけで、足跡なんて何も残ってない人生じゃないか!
4.脱サラを決意 在職中には、多くの中小企業の社長さんとも、仕事を通じて出会った。 私達は「会社の看板」で仕事をしているのに対し、社長さん達は「自分の腕」で仕事をしている。自信に満ち溢れ、自身の仕事に誇りを持って取り組む姿を「格好イイ」と思った。
そうだ、私も脱サラして、人生を楽しもう。自分と勝負しよう。 ベンチャー企業などの出会い含めて、決意するには十分な状況だった。
で、何すんの? 何ができんの? 胸に手を当てて、やりたいことを考えた。
ファイナンシャルプランナーになろう! ソニー生命のライフプランナーと出会ってから3年。以来、マネー雑誌を見ながら独学を重ねていたが、本格的に勉強を始めることにした。 生命保険を得意分野とするファイナンシャルプランナーを目指すことは、すぐに決まった。
もちろん、保険セールスに対する世間の評判は知っている。 「ソニー生命とのあの出会いが、後の人生を変えた」といっても間違いではない。
5.どの保険会社を選ぶか ソニー生命のライフプランナーと出会って以来、生命保険には大きな可能性を感じていた。 でも、保険会社を選ぶポイントとして重視したのは代理店制度を採用していること。
様々な制約が予想される雇用関係は不要だった。売らんがためのセールスになりたいのではなく、公平・公正なアドバイスができるファイナンシャルプランナーを目指して独立するのだ。
単に独立志向が強かっただけではなく、保険会社から固定給をもらう雇用関係が、提案する保険に悪さを与えると考えての選択。
保険会社に就職し、専属の営業マンとなって、給料をもらいながら勉強させてもらう、少し経ったら独立という選択肢もあったが、その間のお客様に失礼なので却下。
調べていけば、自然にアフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)にたどり着いた。
会社としての健全性も高く、CMの露出もあってイメージが良く、商品的にも自信を持って提供できる会社。
アフラック社の門を叩くことにした。
数年経った現在振り返ってみても、当時の判断は正しい判断と思う。 ※ソニー生命は当時、ライフプランナーに代表される直販がメイン。
6.道は自分で拓く・・・未知なるフィールドへの挑戦
ファイナンシャルプランナー(AFP)の試験も無事に合格、アフラックの代理店として開業することも内定。 準備は整った。 「脱サラして、保険代理店になる」 それを妻に告げた際、笑顔で賛成してくれた。 一方、実母は泣いた。母を泣かせたのは初めてのことで、少しとまどった。 自営業の父は、何も言わずに私の気持ちを理解をしてくれた。
そんなある日、上長に呼ばれた。
「同期入社組のトップで、主任に推薦するよ!」 何とも皮肉なタイミングだったけど、告白するには絶好のタイミング。 安定した生活を捨てることに、その時は少し迷いもあったけど・・・。 退社日前の数日間、不安で眠れない夜が続いた。
それまでの人生で最大の決断だった。
(不安だったのは、心の奥で自分自身に自信が無かったのだろう) 未知なるフィールドへの挑戦が始まる。もう後には引けない。 快く送り出してくれた上長、そして取引先さん。感謝の気持ちは一生忘れません。
第二章 道は想像以上に険しい・・・夢半ばで敗れる?編へ続く
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