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私・両親ともに大きな病気の経験も無く、今も平和なasimomy店主の矢口です。(09年11月執筆)
幸せは、ごく普通に毎日を過ごせること・・・日々痛感しています。
普通に毎日を過ごせれば、それだけで、もう何も要らないのですよね。
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今も両親が健在ですので、私は遺児として育った経験はありません。
私自身、入院したこともありません。
大病らしい病気の経験もありません。
こんな私が生命保険、医療保険などをご案内するには、経験に基づいたリアルな話ではなく、
いわば机上の知識や、どこかで起きた(他人様の)事実ということになります。
冗談半分、本気半分。
この仕事を続けるにあたり、
1度くらい入院せねば・・・と思う時期もありました。
経験しないと分からないこと、経験して見えることって、想像以上にたくさんありますからね。
神様はどこかで見ているのでしょうか?
そんな私に、
闘病の疑似体験の機会を与えてくれました。
※私は特定の信仰は持っていません。いわゆる無宗教です。
私にとって、
一番身近な家族を通じでの
闘病の疑似体験です。
もう過去の話のはずなので、少しだけ・・・
忘れもしない、2006年11月某日。
いわゆる町医者の先生が言いました。
「少し気になる点があるので、検査設備の整った大きな病院を紹介します。
詳しい検査をして、良いか悪いかはっきりさせましょう。
今すぐに救急車を手配するので、少しお待ち下さい・・・」
予期していなかった医師からの言葉に、うなずくことが精一杯でした。
あれが青天の霹靂(へきれき)というのでしょうね。
私自身、初の救急車体験でした。
20〜30分程度で次の病院に着きました。
控え室を用意され、そこでしばらく待っていました。
数時間経過し、担当して頂いた医師が診断結果を伝えてくれました。
「診断の結果、○○という病気です。その詳細は・・・(略)
ここでは手術できる医師も設備もありません。
△△大学病院から受け入れ可能の連絡が来ました。
救急車を用意しますので、明朝に来てください!」
全く聞いたことのない病名でしたが、ただならぬ病気だということは、雰囲気ではっきり分かりました。
医師いわく、
1万人に1人という病気だそうです。
文字通り、万が一の数字。
自宅に戻り、パソコンを立ち上げました。
恐る恐る、その病名で検索してみました。
出てくる情報の全ては、心配や不安の気持ちを大きくするモノばかり。
目の前が真っ暗になり、涙が流れ出てきました。
悪い夢であってくれ・・・と思いましたが、状況は何も変わらず、朝を迎えました。
△△大学病院へ移り、再び検査が行われました。
「手術をしなければ、1年以内に命を落とすことになります。
手術以外に、延命する治療法はありません。
『勝負する価値』はありますので、やりましょう!」
様態を見ながらという条件付で、1ヵ月後を目安とする
手術日が早々に内定しました。

毎日の病院通いが日課と変わりました。
面会時間、許す限りの時間を病室で過ごしました。
病室に行ったからといって、何が出来るわけではありません。
何もできません。
顔を見ていたかった・・・それだけです。
一方で、許す時間の限り、パソコンの前に座りました。
それぞれの病院の症例数、執刀数が豊富な医師、救命率・・・
手術の先に待ち構えるかもしれない合併症、その予後。
たくさんの情報が、私の不安な気持ちをさらに大きくすることもありました。
いわゆる
名医のいる病院へ移ることも頭に浮かびましたが、実行に移すことはしませんでした。
とても安定した様態が続き、穏やかな時間のまま、手術予定日である1ヶ月となりました。
私の心中は穏やかではなく、ご祈祷してもらったりの神頼み。

2006年12月 手術の日。
手術室から生きて帰って来れないのでは・・・そんな不安と恐怖でいっぱいでしたが、無事成功。
モヤモヤ感でいっぱいだった私の視界も、一瞬にしてクリアになりました。
外科手術が終わってしまえば、病院側の雰囲気も大きく変わりました。
退院の日はいつ頃かね・・・病室での会話も、そんな明るい話題へ移っていきました。
年末に退院できました。
「やっと平穏な日がやってくる・・・」
家族揃って過ごすお正月、それは幸せでした。
それでも、かなりの量の薬を飲む生活は続きました。

手術後の不安。
医師が一番恐れていたのは、術後に起こりやすいと言われる
合併症。
その
原因は分からず、治療法も確立していないとのこと。
併発してしまえば、術前の比ではない、かなりの危険な状態となるので、
家族として覚悟するように
言われていました。
退院して、次の外来受診の日。
その
合併症の兆候らしきが見えるとのことで、即入院。
家族水入らずの日は、あっという間の短い時間でした。
再び徹底的な検査が始まりました。
「恐れていた合併症では無い雰囲気ですが、原因が分かりません。
しばらくの間、投薬治療を続けながら様子を見ましょう。
原因も分からず、症状が進行すれば、『XXXXXX』という診断名になります。」
主治医である△△大学病院 教授の話を聞き、再び頭を抱えました。
インターネットで検索すると、それは国が定める特定難病の1つでした。
・人口100万当たり年間およそ1〜2人の発症と考えられており、きわめて希な疾患。
・発生の的確な予防法や、病気の進行を阻止し治療する方法は現時点では確立されていない。
・自然軽快例が報告されているものの、ほとんどの症例は進行性であり、予後は極めて不良。
・終局的治療として、○移植あるいは○○移植があるが、その生命予後に関する成績は必ず
しも満足すべきものではない。
確率論でいえば、もう何でもありな状態へ。
神様は、
闘病の疑似体験の機会を次から次へ与えてくれます。
私の仕事は、生命保険の代理店です。
皮肉なことに、人の命の話、避けられません。
仕事でお客様とお話をするたびに、涙がこぼれそうになります。
身近な、もっとも愛する家族の現状に、仕事に取り組む気力が消えていきました。
パソコンと向き合う時間が長い毎日でした。
病気の詳細を知り、効果的な治療法を探し、良い情報を探し続けました。
原因が分からないことが、何よりも一番怖いとは・・・

調べた結果、東京都内に専門外来を設ける2つの大学病院を見つけました。
何回目かの外来時、主治医の教授が言いました。
「改善が見られないので、*****という薬を使おうと思いますが・・・」
「え?」
*****という薬は、携帯用小型ポンプを使って、体内に長期持続注入する治療。
私が調べた限り、そのポンプが無い生活に戻ることは難しい感じでした。
動揺する心を抑え、教授に聞きました。
「○○大学病院の外来って、どう思われますか? 門を叩く価値ありますか?」
その教授も、
表情の変化を隠しませんでした。
少しの沈黙があり、教授が言われました。
「日本全国から同じような患者さんが集まってきており、症例をたくさん見ています。
ノウハウも蓄積されているでしょうから、門を叩く価値はあるかもしれませんね。
あの先生とは顔なじみで、明日も学会で会う予定です。話を付けますね・・・」
後日、
セカンドオピニオンという形で、○○大学病院を訪れました。
△△大学病院から、○○大学病院へ、
膨大な資料が送られたようでした。

○○大学病院訪問の前日。
私自身は、期待よりも怖い気持ちでいっぱいでした。
△△大学病院と同じ診断、同じ治療法と言われたらどうしようか。
○○大学病院では看られないので、△△大学病院で引き続き治療を・・・
△△大学病院の教授の表情を思い出せば、戻ることにも一抹の不安を覚えました。
主治医の積極的な協力がなければ、
セカンドオピニオン受診を円滑に進めるのも難しいのでしょう。
幸いにも、○○大学病院にて看てもらえることになりました。
再び、入院して、検査に次ぐ検査のスタートです。

○○大学病院の若い医師が言いました。
「今回の件で、1人の患者さんに転院してもらい、ベッドを空けました・・・」
この時、病院側からの想いはハッキリと私に伝わりました。
心苦しかったです。
検査結果が出揃った頃、医師から衝撃の言葉がありました。
「明日、うちの医師数名で、△△大学病院に行ってきます。
そうでないことを祈っていますが、直接確認を取る必要がある『重要な点』が見つかりました」
「つまり?」
「△△大学病院で見落としていたと思われる点が見つかりました・・・」
(略)
「もし、今の状態で*****の薬を使っていたら?」
「逆効果になって、もうダメだったでしょう・・・」
背筋が凍りつきました。
翌日以降、辛い言葉を言われた医師の対応も変わりました。
医師いわく、今度は
10万人に1人、そんな病名が付きました・・・
もう何でもありな数字には慣れていました。
何万人に1人だろうが、我が家族にとっては100%の事実ですので、病気と向き合う以外の選択肢は他にありませんからね。
2007年6月、
緊急手術。
生後7ヶ月にして、心臓を止めて行う(2度目の)手術がスタート。
夕方にスタートし、予定時間を大幅に超え、明け方近くまでかかりました。
「今回の手術で、外科的に治せる治療は全て行いました!」
術後、疲れ切った顔をした執刀医が握手をしてくれました。
お父さん、お母さん、これが最後の手術ですよ・・・執刀医の気持ちが伝わってきました。
夫婦揃って泣きました。
外来での受診も、1ヶ月に1度から、2ヶ月に1度、そして6ヶ月に1度になりました。
ずっと続いていた投薬治療も、徐々に量を減らしながら、2009年1月に終わりました。
何ひとつの行動制限も無く、飛行機を使った
海外旅行もお墨付きです。
今や、かつてのことがウソだったように元気で過ごしています。
神様から与えてもらった
闘病の疑似体験、すべて終わった・・・そう信じています。
生命保険代理店の店主をしているパパは、たくさんの勉強をさせてもらいました。
一番辛く、痛い思いをするのは、患者本人に間違いないこと。
日進月歩で進化する医療技術のこと。
病院、医師、看護師の方々のこと。
健康保険制度や各種助成制度のこと。
周りの家族が考えること。
そして、世の中にはたくさんのやさしさがあるということ。
本当に皮肉な話ではありますが、たくさんの勉強をさせてもらいました。
保険に携わる人間として、皆さんに
お伝えしなければならないことが分かりました。
皆さんは、どんな想いを持って、ご自身の保障、ご家族のための保障を準備していますか?
本ページは、店主の個人的な雑感であり、読者の皆さん等の考え方を否定する意図は一切ありません。
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そのようなことは絶対にございませんので、ご安心してお問い合わせください。